
無限農場〜仮想空間における畑の作成とデータ収集〜
近年、米の価格高騰が家計を圧迫し、ニュースでも大きく取り上げられるようになりました。その背景には、ご存知の通り深刻な農業の担い手不足と、農業従事者の高齢化があります。 農林水産省のデータによると、農業従事者数は、1995年には約340万人でしたが、2020年には約136万人と、25年間で6割も減少しています。 さらに、農業従事者の平均年齢は67歳を超え、70歳以上が約7割を占めるという深刻な高齢化も進行しています。 この状況は、日本の低い食料自給率という長年の課題をさらに悪化させ、私たちは食料を海外からの輸入に大きく頼らざるを得ない状況に拍車をかけています。世界情勢が不安定な今、食料危機は決して他人事ではありません。
こうした危機的な状況を打破する一手として、今、各方面から熱い視線が注がれているのが「スマート農業」です。スマート農業と聞くと、AI技術を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、農業分野へのAI導入には、乗り越えるべき壁が存在します。
その課題とは、まさに画像認識AI学習用のデータを集めるのが極めて困難であるという点です。「最近のAIはすごいから、そんなにデータはいらないのでは?」「データ収集なんて簡単でしょ?」と思われるかもしれません。しかし、農業現場の現実はそう甘くありません。画像の見た目を左右する要因は多岐にわたり、かつコントロールが難しいものばかりなのです。例えば、
- 畑の地形(平坦な場所もあれば、傾斜地や凹凸のある場所もある)
- 作物の種類や生育段階(同じ作物でも品種や成長度合いによって見た目は大きく変わる)
- 刻々と変化する天候(晴天、曇天、雨天…光の当たり方一つで画像は全く異なる)
現実の畑で、これらの要素を一つ一つ調整しながら網羅的にデータを収集するのは、天文学的な時間と労力を要する、ほぼ不可能に近い作業です。
このデータ収集の難題に挑んでいるのが、本研究室の片貝さんです。片貝さんは、画像の見た目に影響を与える様々な要素を自由自在に変化させられる「仮想的な畑」=「無限農場」を開発し、この仮想空間で生成した画像データを画像認識AIの学習に活用するという画期的な方法を提案しました。


本研究で構築する仮想的な畑は、現実の畑の精密な地形データと、実在する作物の3Dモデルを基盤としています。そのため、ゼロから全てを作り上げるよりも、圧倒的にリアルな環境を再現できます。さらに、作物の成長ステージ、太陽の角度、風の強さといったパラメータを自由に変更することで、現実世界では考えられないほど大量のデータを効率的に生成することが可能です。
もし、この研究の有効性が実証されれば、誰もニーズに合わせた学習データを、時間や場所、天候に左右されずに作り出せる未来が開けます。それは、農業AI技術の飛躍的な発展を後押しし、ひいては食料自給率の向上、そして食料危機という差し迫った問題への有効な解決策となり、深刻化する農業の担い手不足や農業従事者の高齢化といった構造的な課題の克服にも繋がる。私たちはそう確信しています。
